04/11/20: 今までイントラネット内で提供していましたが,外部の方が読みたいとのことなので,一時的に公開することにします.

平成 18 年度採用 (平成 17 年度応募) から,制度が大きく変わりました.以下の記述は平成 16 年度採用に即した内容となっていますことをご了承ください.

学振とるまで (平成 16 年度採用版)

言うまでもないかもしれませんが,ここのパクリであります.TM

…ていうか,上にリンクを張らせて頂きましたサイトがあまりに完璧TMなので,たいていのことはそちらを参照すれば済んでしまう話なのですが,ここ 2 年の間に多少状況が変わった部分があるのと,私の場合はすんなり決まらず紆余曲折の末にようやく決まったという経緯があるので,あくまで補遺としてひっそりと書いてみました.

こっちはそもそもあまり真似しないほうがよい例だったりするのですが,まあ,多少なりとも参考になれば,と思います.

ここではとりあえず「とるまで」のことを中心に書いておきます.特に面接の話を書いておこうかと思います.進展があり次第更新します (忘れてなければ).ほんとは全部済んでから書いた方が構造的にきれいになりそうなのですが,公開しちゃいます.なお,ちょっと公知にはできない事実などは適当にぼかしてあります.

なお,当然ながら,以下の内容は平成 16 年度採用分に即したものであり,年度によって変更の可能性は大いにありますので,各自の責任で自分の該当年度についての確認をお願いします.また,大学を介した手続については当然各大学によって異なります.ここに書かれていることを信用して何らかの損害を被ったとしても,当方は一切の責任を負いません.

[ 概要 | 申請 | 面接 | 各種手続 | 科研費 | 最近の傾向 ]

概要

とりあえず,学振がどんなものかについては,こちらなどを参照してください.

私のケースはいわゆる DC2,それも博士課程 3 年次から 2 年間の任期,というわけで,少なくとも「とるまで」は上記のサイトとまったく同じパターンのようにみえます.が,私の場合,「第二次選考」(いわゆる面接) という過程を経て採用されたというのが違うところです.これについては後で書きます.

申請する場合,以前は「4 月くらいに一度,申請書類のうちの事務的な部分のみを提出」して大学側がチェックすることになっていましたが,最近はチェックは行われず,5 月に一発提出となっています.

ちなみに私は,4 月末になるまで,学振に応募しようとはこれっぽっちも考えていませんでした.というか,学振という制度自体を忘れていました(ぉ.そもそも業績がおそろしく寂しい状況だったし,他の研究室からも「誰々が落ちた」という話ばかり聞くし,所詮,私には縁のないもの…という意識で今まで過ごして来たわけです.

それが,4/22 に上のサイトを初めて読みまして,なぜか急に「出すか」という気になりました.その理由としては,予算獲得の練習のためとか,そこはかとない焦りとか,まあ当時の研究室をめぐる状況とか,いろいろあるわけですが,それほど深い理由ではありません.「自分の給料は自分で申請する」という生き方に憧れたというのもありますが,そもそも今回採用されたのが自分の力かといわれるとかなり苦しいものがあります.で,こういうふうに行きあたりばったりな気持ちで申請するとあとで苦労するので,良い子は真似してはいけません.4 月初めくらいには心を決めて内容を考えておく,(というかむしろ,それまでに論文を書きためておく) くらいの準備はあったほうがよいかと思われます.

一般に,学振採用にものをいうのはとにかく業績,と言われていますが,私の場合,申請当時の業績は「査読パス経験ゼロ」というあり得ないものでした.具体的には,主著論文×0 (+投稿中×1),主著国際会議ワークショップ資料 (査読??*1)×1,主著国内会議 (査読なし) ×3 (+発表予定×1),共著国内論文×1,共著国際会議 (査読あり) ×1,共著国内会議 (査読あり)×1,共著国内会議 (査読なし) ×1,でありました.一見ありそうに見えますが,国内会議とか査読なしとかはカウントされないと思ってください.主著でジャーナルに何本載せたか,が意味のある情報です.DC1 でさえ,主著 1 本採録が必要とされているくらいです.世の中の情報を漁ってみますと,一般に私のような情報系分野では業績は少ない傾向にはありますが,これほど寂しい業績で学振をとれた例はみたことがありません.もしも研究計画のほうを評価していただいたのなら大変ありがたいことですが,ここはやはり,大学や指導教官という要素が多分にあったのではないかと思っています.が,この情報が,業績が少ない人達への励みに多少なりともなればと思います.

*1 私の書いた原稿は査読されませんでしたが,ワークショップ自体は査読がある,という複雑な状況なので,いろんな人に相談して散々迷った末,「えーい,どうせ落ちるなら『査読のある国際会議』扱いで書いてしまえ! (嘘はついてないはず)」と勢いで申請しました.それが多少効いたのかもしれません (効いたといってもジャーナル 0.5 本分くらいの扱いでしょうから,寂しいことに変わりはありませんが).

ちなみに,恩を返すべく(?)学振任期中はそれなりに頑張りまして,申請時から約 3 年後の 2006 年 3 月任期満了時には,主著論文×2 (+投稿中×1),主著フルペーパー査読国際会議プロシー×4,主著アブスト査読国際会議プロシー (投稿中) ×1,主著国際会議ワークショップ資料×1,主著国内会議 (査読なし)×3 (+発表予定×1),共著論文×1,共著フルペーパー査読国際会議プロシー (発表予定)×1,共著アブスト査読国際会議プロシー (発表予定)×1,共著国内会議 (査読なし)×4,が新たに加わりました.学振様のおかげです.とはいえ,これでもまだ世間並とは言えませんが.

DC2 はいつ出すのが得か?

DC2 は,博士課程 1 年次 (D1) と 2 年次 (D2) の時に応募資格があるわけですが,「DC2 枠選考では学年は考慮されないので,業績の多い D2 の人間の採用が必然的に多くなる傾向にあるらしい」という話を聞いたことがあります.真偽のほどは定かではありませんが,確かに周囲をみると DC2 に受かった人間は D2 で応募した者がほとんどでした.


申請

私の場合,決心してからすぐにゴールデンウィークに突入し,その直後に締切だったため,全然時間がなくてかなりばたばたしました.決心は早めの方がよいと思います.

申請書について (形式的なこと)

18 年度申請より,書式が大幅に変更になったようです.以下は旧書式に関する内容です.

申請書について (内容的なこと)

手続

03/04/17

03/04/22

03/04/23

03/04/30

03/05/06

03/05/08

03/05/09

03/05/11

03/05/12

03/05/14

その後,とりあえず半年は学振のことは忘れて過ごしましょう.


面接

別名,生殺しとも言います.

学振は書類選考だけではありません.DC1 全員,SPD 全員と,ボーダーラインぎりぎりの DC2,PD については,面接 (第二次選考) が行われます.私は DC2 で面接という貴重な体験をしたので,ここにまとめておきます.

第二次選考という制度について

学振の
「特別研究員の選考方法」には,以下のように書かれています.
PDとDC2については、採用内定者総数の8〜9割程度の者が面接を免除して採用内定されますが、DC1については、研究業績による評価が難しいこと、また、SPDについては、より優れた研究者を確保する観点から、面接免除をせず、採用予定者全員を対象に面接審査を行います。
つまりですね, ということです.DC2 にとってはある意味,敗者復活戦に近いかも知れません.8〜9 割とありますが,実際にどのくらいの数の人間がこのプロセスに回されるのかは定かではありません.まあ,DC2 全体の採択率は 1 割くらいで,さらに 1 次通過の下位 1〜2 割が面接非免除とすれば,数%くらいの精度で自分の位置がわかったということになりましょうか.

面接の結果,内定者 (DC2,PD では残り分) が決定されます.この面接の倍率 (言い換えれば,第一次選考の時点でどの程度水増しされているか) は非常に気になる点ですが,さすがに公表されていません.で,結果として,「書類の時点でほとんど決まっていて,面接は確認のためだ」「いや,面接のウェイトはかなり高い」という論争が学振関係スレで毎年交わされます.恐らく,DC1 では「書類でほとんど決まっている」人もかなりの割合いると思いますが,自分がそこに含まれると考えるのは,よほどの自信がない限り危険だと思います.私の知人に,DC1 で論文誌に採録内定していながら,面接で落ちた人がいます.もちろん DC2 はみんなボーダーなので面接に手を抜いてはいけません.

なお,学振によると,面接によって「採用内定者と補欠者」が決定されるとありますが,学振スレ情報によるとここ数年は補欠採用はないようです.補欠採用は,過去に追加予算が組まれた際などに発生したという話があります (突然電話や通知がくるそうです.遅い場合は夏頃になることもあったようです).しかし近年は緊迫財政で,望み薄です.補欠通知が来ても,不採用通知とほぼ同等と思ったほうがよいようです.

ただし,補欠ではありませんが,2002 年に面接予定だった PD が,辞退者多数のため繰り上げ採用となったという話があります.

ちなみに,DC2 で面接に行く確率というのは非常に小さいものです.私がそこに入り込んでしまった理由 (第一次選考で落ちなかった理由,そして面接免除にならなかった理由) はどうもよくわかりません.ただ,客観的にみて私の業績があまりに少なかったこと,そして,面接で一人の審査員に「非常に面白い内容だと思う」と言っていただいたことから推測するに,内容的にはまあまあ面白いから落とすにはしのびない,でも業績が少ないので無条件で内定はできない,といったことだったのではないかと勝手に思っています.そういう推測のもとで,「実際いかに面白いか」ということと「いかにここ半年で業績が増えたか」を重点的にアピールすることとあいなりました.

第一次選考結果の通知について

例年,10 月末〜11 月初めくらいに第一次選考結果の通知が郵便物で届きます.応募者は毎年 10 月末になると落ち着かなくなり,ポストを何度も確認するなどの症状が現れます.

届く郵便物は以下の 3 種類があると言われています.どれが届くかによって,その後の数ヵ月が天国,生殺し,地獄にきれいに分かれます.

開けなくても結果がまるわかりなので,プライバシーも何もあったもんじゃないのですが (めくりはがきにする意味があるのか? ほんとにあるのか? と小一時間問い詰めたい),ともかくこういうことになっています.

*2封筒の色は年度によって違うようで,16 年度は黄色でした.以下,「水色の〜」は適宜読み換えて下さい

水色の分厚い封筒は,もらったことがないので,何でそんなに分厚いのかわかりません.どの程度分厚いのかも不明です.薄い封筒と判別できるのかもわかりません (追記: 面接免除の封筒は最近はぺらぺらで,「平成 ** 年度日本学術振興会特別研究員の選考結果について (通知)」という書類 1 枚のみが入っているようです.昔分厚かったのは,「手引き」等が入っていたためらしいです).

水色の薄い封筒には,平成 15 年度の場合,以下の書類が入っていました.

「通知」の名前の右下にある 5 桁の数字 (封筒の宛名シールにもある) が,受付番号です.この数字は必ず忘れないように控えをとるなり何なりしておきましょう.今後の面接だけでなく,その後の採用時の手続,さらには科研費の番号にまでこの数字が使われます.

「通知」には,候補者ごとに面接の日時が記載されています.面接を受ける場合,出席するかどうかの回答 (同封されていた「回答」と同じ書式のもの) を FAX または電子メールで学振に送ることになります.送らないと辞退とみなされます (以前,「送るのを忘れていた」ら締切日に学振から確認の電話が掛かって来た,という話を聞いたことがありますが,あてにしてはいけません).

書面は同封の用紙に書き込んでもよいのですが,学振のページから MS Word のテンプレートがダウンロードできます.「連絡」には住所と電話をかけと書いてあるのですが,そんな欄が見当たらないので余白に適当に書きます.FAX と電子メールどちらにするかですが,私は念のために両方送りました.送付記録は何らかの形で残しておいた方がよいかも.

なお,電子メールの宛先は Word 上では mensetsu@jsps.go.jp となってるのだけど,これをクリックして立ち上がるメーラの To: フィールドは,なぜか mensetu@jsps.go.jp となってしまったりします(ぉ.で,結論としては前者が正しいので,間違って後者に送ってしまわないようにしましょう.

面接について

面接の形式としては,審査員の前で をしゃべることになるのですが,注目すべきはその時間です.なんと,説明 4 分,質疑 6 分の計 10 分です.たった 4 分で一体何を話せるのかと思うかも知れませんが,この 4 分の間に今までの業績と今後の計画を伝えなくてはなりません.それだけに,内容は精選される必要があります.

説明資料については,A0 判以内のポスター 1 枚にかぎり用いることができます.レジュメなどを配ってはいけません.なお,審査員は各自が少なくとも申請書のコピーを持っています.

以下,形式的なところから見ていきましょう.なお,以下の記述は平成 15 年のものであり,年によって大きな変更がある場合があります.

日程は?

私の場合,12/4 の 10:30 開始となっていました.同じく面接の後輩は 12/2 だったような気がします.12/2〜3 に DC1,12/4〜5 に DC2+PD なんていう噂を耳にしましたが,ほんとかどうか知りません.

審査する人の都合があるので,恐らく同じ分野の人はひとまとめにしてスケジュールを組んでいると思われます.特に DC1 のように数が多い場合,数物などの分野ごとに日をわけているのではないでしょうか.

また東京から遠い人ほど時間が遅くなると聞いたことがあります.

会場は?

例年,四ツ谷の弘済会館 (鉄道弘済会の関連らしい.学振との関係は謎) が会場となっているようです.

面接の部屋は,細目以上,分野未満といった粒度で分かれています.確認できただけで,「工学 1 分野」「工学 2 分野」「医学」「複合領域」などがありました.私の場合は工学 2 分野でした.私の前にこの部屋に入った人は,電子デバイス系の内容だったようです.

審査員は?

審査員は一般に 4 人で,正面に並んで座っています.私の部屋の場合は,全員が教授クラスの年齢でした.少なくとも第一次選考時の審査員よりは幅広い分野の研究者で占めていると考えたほうがよいでしょう.よほど狭い分野なら知合いがいることもあるかも知れませんが,なにしろ工学なので,自分の研究をそのまま理解してもらえるような専門家はせいぜい 1 人だと思って下さい.あとの 3 人にいかに理解してもらえるかが重要となります.見当外れの質問も飛んで来ます (対応をみるためにわざとやってるのかも知れませんが).またそういう状況の場合,専門的な細かな質問はあまり来ないでしょう.想定質問を考える場合には,かなり大局的な部分に重点をおいたほうがよいかも知れません.

なお,部屋の右手にも長机があり,そこには恐らく学振の事務方と思われる人が 4 人座っています.開始の合図とかいろんな指示はそっちから来ます.

ポスターは?

ポスターは A0 のものを作って持っていきます.理系の場合,ポスター作りはわりと慣れているのですが,そういう文化のない文系の場合は,「ポスターって何!?」と途方に暮れたりするようです.それでわらばん紙や模造紙にマジックで書いた中学校の文化祭みたいなものを作って来て,プロッタでカラー出力されてる理系のポスターをみて激しく落ち込んだりしているそうです.ほんとうでしょうか.

これまでの業績と今後の計画をバランスよくまとめていきます.人によってどちらに重点を置くかは異なるでしょう.私の場合は,2/3 を計画として最初に話し,1/3 でその裏付けとしてこれまでの業績を話すことにしました.

業績の書き方は難しいですが,私のように一貫性のない業績の場合,今後の計画に直接つながるものをメインにし,他は研究題目だけにしてみました.また研究題目に加えて論文や学会発表などの情報を「信学 NC 研究会 (2003)」みたいに列挙してみました (業績が少ないからこそできる技!).これは Uchiyama さんという人のポスターの真似です (Uchiyama さんの場合は多分たくさんの業績のなかから抜粋したのでしょうが,私の場合は全部書いてもまだ紙面が余った).

実はポスターは,申請後に新たに加わった業績や,新たに思い付いた計画をアピールする絶好の場です.審査員は申請書を熟読してきているわけですが (たぶん),せっかくこの半年で何かアイディアや成果が出ているのなら,それをプラスしたほうが,暗にアクティビティの高さを示すことにもなるかと思います.私の場合,ポスターに新しいアイディアを書き,「申請書では○○でしたが,あらたに××も検討中です」みたいなことを言いました (そしたら審査員がいっせいに申請書をぱらぱらめくりだした).また,新たな業績を書いて「new信学論文誌 [条件付採録]」とかやってみました (「信学論」でなく「誌」を書くのがポイントです.「IEEE」とかの語も効くかも.発表予定や査読中のものも「発表予定」「査読中」などと容赦なく書きます.うーん,相当あざといかも知れん).

「連絡」には,文字は 5m 離れても読めるようにとあります.実際には,そんなに離れてないのですが,審査員は教授クラスのお年を召した方も多いので,読みやすい字で書きましょう.面接スレでは毎年,何 pt にしたかが話題となりますね.

なお,ポスターは部屋に入る前に係の人に渡せば,待ち時間の間に貼ってくれます.また部屋には荷物を置く机があり,そこに伸びる指し棒があるので,それを使ってよいことになります.面接が終わったら係の人がポスターをはがすので,それをもらって帰ることになります.

発表時間は?

前にも書いたように 4 分が勝負です.この 4 分で,1170 万円 (DC1 の場合).クイズミリオネアだってここまで博打じゃありません.1170 万円と思うと自然に準備に熱が入ります(ぉ.

4 分たったところで確かベルかなんかを事務員が鳴らします.これを大幅にオーバーするとどうなるかは知りません (私は 5 秒ほどオーバーしました).止められたという話しも聞くし,何も言われなかったという話も聞きます.事務員の気分次第かも知れません.10 分の時点でまたベルがなり,事務から「これで終わります.お帰り下さい」みたいなことを言われます.

しゃべりについて

これはもう練習するしかないでしょう.4 分しかないので,途中で詰まると致命傷です.学会よりよほど大変です.私はこういうのが苦手なので,面接スレにあったようなビデオで自分撮りとかをやってみました.効果はよくわかりませんが,自信にはなるのではないでしょうか.

メモなどを手に持っていてもよいかどうかはわかりませんが,過去に持って行った人達は何も言われなかったようです.が,原稿棒読みは避けるべきでしょう.基本的にはメモを見ずにしゃべれるようにしておき,お守りとしてメモを忍ばせておくくらいがいいかも知れません.

服装について

みんなスーツでした.

質疑応答について

圧迫質問だったという人,前の人が泣きながら出て来たという人から,終始和やかに進んだという人,雑談ばかりだったという人までいます.こればっかりは運でしょう.

これについては,過去スレを読んでいただくのが一番かと思います.

私の場合は,圧迫でもなければ雑談でもなく,わりと的確な質問が多かったです.

また,これは,とある先輩から頂いたアドバイスなのですが,かなり心の支えになったので書いておきます.審査員に「そんなのは○○ではない」とかなり強く言われたそうですが,ひるまずに反論したら採用されたそうです.要は,他の審査員も票を持っているから,反対者が 1 人いても,他の審査員を納得させるように,反論すべし,ということのようです.

手続

例によってぎりぎりになって焦りまくるスケジュールになってしまっています.一応弁解しておくと,この 2003 年 11 月という月は,国際会議予稿 2 本,研究室合宿,論文誌査読回答 (再実験),国際会議査読 2 本,国内学会発表準備,某プロジェクトの領域会議,研究室の引越しが重なり,12 月に入るまでほとんど時間を割けなかったことを記しておきます.しかし,学振スレを眺めている時間もかなりのものになったことはひみつです.
皆さんは真似しないでもっと早めに動くようにしてください.

03/10/29

03/10/30

03/11/07

03/11/14

03/11/22

03/11/25

03/11/27

03/12/01

03/12/02

03/12/03

03/12/04


面接体験記

まずは受付のある 4 階にあがります.分野と氏名を名乗って,名前リストのチェックを受けます.名前リストには,大学名,氏名,指導教官名が書かれていました (単なる照合であれば大学名と氏名だけで十分なはずなので,指導教官名の存在は謎です.もしこのリストを審査員も持っているとすれば,少なくとも面接時に何らかの参考にしているのかも知れません).なお,このリストには 7〜8 人が記載されており,DC2 も PD も載っていました.東大の人間が数名含まれていました.

受付奥の控室へ.4 つの分野に分かれて机が 4 方向を向いているというよくわからない構成でした.数物のスペースに座って隣の人のポスターを見ると,東大の宇宙物理の人らしかった.

ほどなく,係の人が第 1 陣を案内し始めます.応募者は 2 人ずつ組になって呼ばれます.私も予定の 10 分前頃に,もう一人の人と一緒に呼ばれ,荷物を全て持って移動しました.部屋は 4 階で,「工学 2 分野」と書いてありました.廊下の奥に,「工学 1 分野」もありました (ちなみに 1 階には「医学」「複合領域」などの部屋もあった).私の方が順番が先らしく,一番目の椅子に座るように言われました.係の人にポスターを渡すと,係の人は部屋の中に入っていきました (ポスターを貼りに行ったようです).

しばらくして,前の人がわりとさわやかに出て来た.この人のポスターは電子デバイス系だったので,ここはそういう部屋なんでしょうね.係の人が出て来て,「どうぞお入り下さい」というので入ります.入ってすぐ左に机があり,そこに荷物を置くように言われます.

目の前に審査員が 4 人.教授クラスでしょうか.知らない人ばかりです.向かって右にも 4 人,事務らしき方々.部屋の中央からやや左よりにホワイトボードがあり,そこにポスターが貼ってありました.その後ろの机に伸びる指示棒.

事務の人に「名前をお願いします」とか何とか言われたので,名前を名乗る.「指示棒がありますよ」とか言われたので,指示棒を持って,説明を始めます.意識して言葉を補い,ゆっくりめにしゃべったので,4 分 5 秒くらいで終了.

質問は,3〜4 人から来たように思います.詳細は省きますが (どうしても知りたい方は個人的に連絡下さい),計画の具体的内容について 2 点と,難しい点としてどんなことが考えられるかが 1 点,こういう問題点があると思うがどうよ? が 2 点.圧迫でも雑談でもない普通の質疑応答でした.やや厳しい質問もありましたが,一人の審査員に「非常に面白い」と言ってもらえたことで少し気が楽になりました.

最後にベルがなって,「これで終わります.お帰り下さい」みたいなことを言われ,ポスターを返されて外に出ました.そのまま帰りました.以上.

参考までに,後輩の面接の体験談からいくつか抜粋.

らしい,

なお,当時,私が「研究する人生」の面接スレからアドバイス系の書き込みを拾っただけのメモを,参考までにここに置いておきます.過去ログを漁る時間があったら,準備しましょう(w


各種手続

採用手続について

12 月末頃に水色の分厚い封筒が届くと,晴れて採用内定者の仲間入りです.ちなみに,この段階 (第 2 次選考) で不幸にも落ちた場合は,めくりはがきでなくぺらぺらに薄い水色封筒が来ると聞いたのですが,本当でしょうか? また,第 1 次選考で面接免除で内定した人にも,この時期内定通知と採用手続の書類が届くはずです.

ここから先は,面接免除者も非免除者もだいたい同じ手続となります.

水色の分厚い封筒には,平成 15 年度の場合,以下の書類が入っていました (面接免除の人は少し違うのかもしれませんが).

採用手続はいろいろな書類を学振に送付することで行われます.送付時期は 1 月中旬と 4 月上旬の 2 回です (最初の手続日程は例年より 1 ヵ月半も早まっていました.独法化等による一時的なものか,恒久的なものかは不明).

1 回目の手続で提出するものは,私の場合,以下の通りでした.

ちょっと考える必要のあるのは,「研究遂行経費に関する調書」でしょうか.これをどうすべきかについては,
上記のサイトを参照.

扶養控除申告書については,私の場合,平成 16 年 1〜3 月時点での雇用先にもう申告書を出してしまっていたので,どうすべきかをその雇用先と学振に問い合わせてみました.

2 回目の手続で提出するものは,私の場合,以下の通りでした.

また,本当はこのとき送ることになっていたのだけど,どうしても間に合わなかった以下の書類を 5 月に提出しました.

在学証明書は,4/1 以降に発行されたものでないといけません.提出期限が 4 月上旬なので,新学期が始まったらすぐに取って来る必要があります.

平成 16 年 1 月以降に,甲欄適用の給与を受けていた場合,退職証明書と源泉徴収票を出すことになります.詳しくは後述しますが,私はこれに該当していたため,これらを当時の雇用先に用意してもらって提出しました.なお,源泉徴収票に退職日の記述があれば,退職証明書は必要ありません.また,源泉徴収票に限り,どうしても間に合わない場合に遅れが許されています.

兼業禁止の件について

特別研究員が採用期間中にアルバイトをすることは原則として禁じられています.ただし,ここによると, は「特別研究員として研究に支障のない範囲内」に限り認められています.大学で RA や TA 制度がある場合には,学振と兼業できてけっこうおいしいかも知れません.

私の場合,内定時点で以下の 3 つの収入源がありました.

  1. 某研究機関による RA のようなもの (給与扱い)
  2. 研究とは関係のないアルバイト (謝金扱い)
  3. 研究とは関係のない書籍執筆による印税
このうち,2 は 3 月いっぱいで辞職することにしました.3 は当時執筆中で,採用開始となる 4 月には執筆は終了している予定なのですが,印税が入るのは相当先といった状況です.そして 1 は,内容は RA なのですが大学による雇用ではないので厳密には RA ではありません.RA として認めてもらえないだろうかとつい欲を出して学振に問い合わせてしまいました.ついでに 3 も訊いてみました.

結果,

とのことでしたので,RA のようなものは 3 月いっぱいで辞職することになりました.

DC2→PD 資格変更

DC2 期間中に学位を取得した場合,その翌月から PD に資格を変更することができます.PD の厳しい採用基準なくして PD になれるし,給与は増えるし (科研費は増えませんが.科研費の項参照),とりあえず卒業後 1 年間の猶予ができるし.なかなかおいしい制度です.

この資格変更のためには,

の提出が必要となります.

学振研究員の身分

DC1,DC2 は学生という身分がありますが,では学振研究員 PD の身分は社会的にいうと何なのでしょうか?

研究遂行経費は税制上は「給与」という名目で支給されます (源泉徴収票にそう書いてあります).しかし学振と研究員の間には雇用関係がないことが手引に明記されています.厚生労働省のニートの定義「非労働力人口のうち、年齢15歳〜34歳、通学・家事もしていない者」に相当するのか!? と思いましたが,統計局の労働力人口の定義によると一応就業者に相当するっぽいので,ニートではないようです.

ちなみに労働基準法上は労働者ではないので,法定労働時間や有休みたいなものとは縁がありません.社会保険も自分で何とかしないといけません.徹夜で何十時間研究しようが,労働ではないので誰も何も言いませんし,逆に仕事をいくら勝手に休んでも「法的には」罰せられることはありません.個人事業主みたいなものでしょうかね?

研究遂行経費の金額について

以下の資料の 22 ページに,面白い計算式が載っていました (2ch 学振スレ Part23 のレス 556 より).
平成19年度の支給額は以下のとおり。なお、研究奨励金の額については変更することがある。
(1)特別研究員-DC1 : 月額200,000円
(2)特別研究員-DC2 : 月額200,000円
(3)特別研究員-PD : 月額364,000円
(4)特別研究員-SPD : 月額446,000円
(5)特別研究員-RPD :月額364,000円
 DC1、DC2:経歴・年齢等が同等である者が、大学教員(修士課程修了者→助教)に採用された場合を想定し、
        教育職(一)1級13号俸により算出。
        229,300円×(1+0.0854)×0.8≒199,106 ≒ 200,000円
 PD、RPD:経歴・年齢等が同等である者が、大学教員(博士課程修了者→助教)に採用された場合を想定し、
        教育職(一)1級29号俸により算出。
        275,800円×(1+0.0854)×(1+4.45×1/12×7/12)≒364,109≒364,000円
 SPD:経歴・年齢等が同等である者が、大学教員(准教授)に採用された場合を想定し、
        教育職(一)3級1号俸により算出。
        299,600円×(1+0.0854)×(1+4.45×1/12)≒445,776 ≒446,000円
556 氏の読み.
なかなか面白い。DCはナス無しの上何故か8掛け。
地域手当は一律8.54%PD以上の茄子は4.45ケ月分、
PDの7/12は初年度扱いで夏ボー分が少ないのを反映してるのかも。
ボーナスが 4.45 ヵ月というのは一般の国家公務員と同じですね.平成 19 年度の人事院勧告で久々に引き上げ (4.45 ヵ月 → 4.5 ヵ月) があったので,学振のほうも増額があるかも知れません?
いずれも昇給なし,しかも PD は 2 年目以降も 7/12 掛けというのが一般の大学教員とは違うところです.

退職手続

晴れて任期満了した場合,退職から 10 日以内に以下の書類を提出します.研究報告書には新しい職と連絡先を記入します. また,PD に関しては も退職後に行う必要があります.

手続

03/12/27

04/01/05

04/01/11

04/01/21

04/03/01

04/04/01

04/04/02

04/04/05

04/04/06

04/04/21

04/05/31

04/06/01

04/10/20

04/11/05

05/02/07

05/02/14

05/02/16

05/02/18

05/02/19

05/02/21

05/02/22

05/03/02

05/03/07

05/03/12

05/03/15

05/03/24

05/03/29

05/03/31

05/04/01

05/04/04

05/05/23

05/06/03

05/06/16

05/10/23

05/10/27

05/10/29

05/10/31

06/01/22

06/03/24

06/03/28

06/03/31

06/04/03

06/04/04

06/04/07


科研費

学振特別研究員になると,科研費 (特別研究員奨励費) がもらえます.私にとって初めての予算申請.

科研費には学振が管理する第 1 種科研費と,文科省が管理する第 2 種科研費があり,書類の形式などが微妙に違っています.特別研究員奨励費は文科省系の第 2 種なので注意が必要です (このあたりの線引きは最近統一の動きがあるようですが).

平成 16 年度から費目がずいぶん変わって,設備備品費と消耗品費がまとめられて物品費に,国内旅費と外国旅費が統合されて旅費に,と,わりと使いやすくはなったようです.

学振の応募要領には,科研費が 150 万もらえるとありますが,実はこれは最大値で,通常の科研費交付の標準額は DC 100 万,PD 120 万,特別枠 (実験系等) 150 万,となっていますので注意が必要です.さらに国家予算状況によっては,2 年目以降の交付額が申請額より 1 割程度減額されることも多いです.

この科研費というやつは,初年度は 7 月くらいにならないと使えないので,せっかく学振とっても 4〜6 月は何も買えなかったりします.ただ,大学や場合によっては立て替えとかが効く場合もあるようです.

さて,DC2 期間中に学位を取った場合,DC2 から PD へ資格変更が行われるのですが,実はここに大きな落とし穴があります.交付申請は初年度に数年分をまとめて行うため,DC2 の場合標準額 100 万で各年度の申請を行うことになります.申請額はこの時点で決定され,後から変更は効きません.つまり,PD に資格変更になっても使える科研費は DC2 と同額のままなのです.さらに,最近はたいてい 2 年目以降の減額がありますから,PD なのに科研費 90 万ということになります.そういう意味で,最初から PD になるのに比べると科研費的には損かも知れません (もっとも,DC2 レベルの審査で PD になれるのですから,文句は言えないですが).

その他の科研費応募資格について

学振研究員が申請できるのは「特別研究員奨励費」のみで,他の科研費への応募資格はないと思います.少なくともうちの大学では応募資格はないようです.

他人の科研費の分担者や協力者になってよいかについては学振側に明確な規定が見つかっていませんが,科研費公募要領の重複応募の項目には,応募できない旨が書いてあります.

また,各機関ごとに規定がある場合があります.例えば,

によれば協力者以外はだめらしいです.また, によれば,特別推進と特定領域はダメとあるが他の種目では何も言っていません. なお,手引の重複申請の表には特別研究員奨励費の欄がそもそもありませんので,ダメな可能性が高いです.ただし,H14 の時点では少なくとも分担者にはなれたようです.

この問題はけっこうもめてるらしく,

によれば,「検討段階では」応募資格があるらしいですが.文科省の議事録 によれば,えらくもめてるのがわかります.学振研究員が応募資格があるかどうか,来年度から応募資格が得られる予定の無資格者が応募してよいか,は何度も議論の対象になっていますが,明確な回答が得られていません.いっぽうで,例え来年定年退官することが決まっていても応募は可能であるようです.謎です.

学振と各種助成について

学振の「諸手続の手引」1.3 には
採用期間中は,国内外を問わず,他のフェローシップ等を本会以外から受給することはできません。
既に受給されている場合は,採用期間開始前までに,それを辞退してください。
とあります.生活費用をもらうフェローシップは確かにダメでしょうが,研究費や渡航費をもらう各種助成 (渡航助成など) はどうなのでしょうか? けっこう巨大掲示板で FAQ な話で,渡航助成とか判断に苦しんだので,念のため学振にコソーリ確認してみたところ, というわけでダメですので,皆さん,助成に応募してはいけません (学振の期間終了後に支給される助成なら OK だと思いますが).ちなみに,学振外国人特別研究員の規定のほうには,「本フェローシップ以外の奨学金その他の研究助成」は禁止とはっきり書いてあります.

ただし,受賞などはどうなんだろと思ってついでに訊いてみたら,

とのことでした.

以下,あくまで私見ですが,通常の助成への申請は「専任義務違反」あるいは「同じテーマで予算二重取り」のどちらかに抵触するため,禁止されているのは当然と思います.ただ,渡航助成については,学振の研究に専念した結果であるため,趣旨的には微妙な感じがします.ですが,このあたりの線引きは難しいため,学振としては一律禁止ということにしたのだと思います.

追記: 最近の学振の手引にはちゃんとこのあたりの話が明記されているようです.

手続

04/02/10

04/02/11

04/02/12

04/05/10

04/05/11

04/05/12

04/07/20

05/02/14

05/02/15

05/02/16

05/02/19

05/03/07

05/03/08

05/04/28

05/05/02

05/05/13

05/08/03

05/08/04

06/03/06

06/03/24

06/09/19

最近 (平成 18 年度以降) の学振の傾向について

平成 18 年度より,分野が 8 個になった,審査人数が 3 人から 6 人になった,DC1・DC2・PD いずれも一定割合が面接必須となった,PD は推薦書が 2 名となった,書類選考結果通知の時点で自分の評価点や通過人数などを知らせるようになった,などなど,かなり状況が変わって来ています.平成 19 年度の採用率等の概算は
こちら

なお.文部科学省としては PD を減らして DC を増やそうとしている(ポスドク 1 万人計画失敗のあおり?) という話もあります.

最近の参考リンク


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